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神戸地方裁判所 昭和47年(ワ)759号 判決

原告

甲野太郎

右訴訟代理人弁護士

北山六郎

〈外六名〉

被告

右代表者法務大臣

稲葉修

右指定代理人

森修三

被告

兵庫県

右代表者知事

坂井時忠

右指定代理人

山本悦也

〈外三名〉

主文

原告の本件請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  申立

一、請求の趣旨

1  被告らは各自原告に対し、各三〇万円を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言。

二、請求の趣旨に対する答弁

1  主文同旨。

2  原告勝訴の判決につき仮執行宣言が付された場合には、担保を条件とする仮執行免脱の宣言。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者関係

原告は弁護士であつて、昭和四六年七月二一日、兵庫県兵庫警察署(以下本件警察署という。)附属留置場に在監中の被疑者乙野二郎(以下本件被疑者という。)に選任され、その弁護人となつた。

本件被疑者は、同年同月一九日、詐欺、傷害、恐喝、脅迫の各犯罪の被疑事実により逮捕され、同年同月二一日に勾留されていたものである。

2  一般的指定による接見妨害

神戸地方検察庁検察官検事丙野三郎(以下検事という。)は、右同日、本件被疑者について、別紙記載のとおりの接見等に関する指定書(いわゆる一般的指定書、以下本件指定書という。)を発して、接見妨害の原因を作り、原告の接見申入れの連絡を受けたのに接見実現のため指示、措置をとらずこれを妨害した。原告は、同日午後五時過頃、本件警察署で、本件被疑者との接見を求め、兵庫県警察官で司法警察職員の本件警察署刑事第二課長丁野四郎(以下課長という。)に対し、約一時間にわたり、申入れ、抗議をしたのにも拘らず、同課長は一般的指定を楯に接見を拒否した。

3  執務時間外による接見妨害

本件指定書による一般的指定は、昭和四六年七月二三日、神戸地方裁判所により取消された。

原告は、本件被疑者が接見を求めている旨の連絡を受けたので、同年同月二六日午後四時過頃、電話で予告した後、午後五時過頃本件警察署刑事第二課室で本件被疑者との接見を申入れたところ、課長は種々話をかわそうとねばつた挙句、午後五時一〇分頃に至つて「時間外」であることを唯一の口実に接見を拒否し、同時二〇分頃、検事も原告に対し電話で右と同じ口実のもとに接見を拒否した。

4  一般的指定の違法性

(一) 本件指定書の内容には何ら具体的な日時、場所及び時間の指定はなく、本来的には具体的な指定をすることができる旨を定めた刑事訴訟法(以下刑訴法という。)三九条三項に定めるところの指定ではない。

右のように同条同項に定める指定書に先立ち発せられる一般的指定書は、法務大臣訓令、事件事務規程二八条に準拠するものとされるが、これを出すことによつて、刑訴法上の弁護人の自由交通権についての例外的制限を原則的制限にすり替え、事実上一般的に接見拒否をする口実を与えるものである。しかし、弁護人の接見交通権は、日本国憲法(以下憲法という。)三四条前段に根拠をもち、被告人の防禦権を保障する上で極めて重要かつ基本的な役割を荷なう権利であり、これがいささかでも犯されると、その後の手続がいかに適法になされようと、刑事司法が正義に奉仕することは困難となるのである。この具体的認識がなければ、この問題についての正しい解決はあり得ない。したがつて、憲法が要請するところは、弁護人はいつでも自由に被疑者に接見できなければならず、接見交通権は、捜査の必要上止むを得ない最少限度でのみ制限することが許されると言うにある。このような接見交通権の重大性にかんがみ、刑訴法三九条三項の「捜査のため必要があるとき」とは、極めて厳格に解すべきであつて、捜査官が現に取調べ中であるとかその他捜査上止むを得ない必要がある場合などを指すものと解されるべきである。

(二) 被告らは、検察官が一方的に接見日時等を指定しては弁護人に支障や都合があつて接見できないことが起り得るとか、勾留全期間にわたつて接見の日時場所をあらかじめ指定することはできない旨主張する(後記二4(一)(2)参照)。しかし、これは前記のような接見交通の自由の原則を理解せず又は無視するところから生じた誤つた見解である。

(1) 即ち、検察官としては、その被疑者の取調予定日時があれば、その日時以外の全日時を接見日時と指定すれば足りるし、又取調を予定できないときは、その都度これに必要な日時以外の日時を接見日時と指定すれば足りるのである。

(2) 被告らは、「監獄の長等があらかじめ検察官から具体的指定をするか否かを知らされていないと、その都度具体的指定の予定の有無及び現実に指定があるか否かをいちいち検察官に問い合わさざるを得ない」ように主張している(後記二4(一)(3)参照)が刑訴法の予定している接見指定は右に言う「具体的指定」以外にはあり得ないのであり、具体的指定は、前記のように、あらかじめ又はその都度指定されれば足り、これがない以上当然弁護人は自由に接見し得るのであつて、監獄等の長としては右のようにいちいち検察官に問い合わす必要がない。弁護人が接見に赴いたときに現に一般的指定のみがあつて具体的指定がない以上は、弁護人は自由に接見できるのである。

(3) 次に、被告らは、一般的指定は検察官の監獄の長等に対する通知にすぎず法的拘束力を有しないと主張する(後記二4(二)(1)参照)。しかし、本件一般的指定は本件被疑者にも告知されているから、捜査機関の内部的なものであるとか監獄官吏宛の単なる通知ということはできない。又、一般的指定は、被疑者とその弁護人等との接見等について検察官が別に発する指定書において指定する日時、場所及び時間に限つて許容し、それ以外には許さないことを指定した趣旨のものと解するのが自然であるし、課長も、一般的指定があるから担当検察官から具体的指定書を受領してきてほしい旨を告げ、もつて、原告の反論にもかかわらず、右指定書を所持しないことを理由に結局接見を許さなかつたのであるから、法的拘束力を有すると解さねばならない。

(4) 更に、被告らは、具体的指定書は実務上の慣行であると主張する(後記二4(二)(2)ウ参照)が、一般的指定なるものを法務大臣訓令、事件事務規程二八条をもつて定めたこと自体が正に違法不当なのであり、慣行であることの故をもつてその違法不当性を否定することはできない。

(5) 最後に、被告らは、具体的指定に関する弁護人の協力義務からして具体的指定書の交付を受けるために要する多少の手数はその受忍すべきものである旨主張する(後記二4(二)(2)カ参照)が、一般的指定が適法であることを前提として成立する議論であり、弁護人は検察官の接見制限を攻撃すべき立場にあること、接見制限をすること(具体的指定)が決して弁護人の利益とはならないこと、捜査の都合のため人権侵害を容認するものであることを看過する議論であるから正当ではない。

5  時間外接見拒否の違法性

(一) 弁護人の被疑者との面接の許否は、警察内部の執務時間の定めにより左右されるべきではなく、現に執務時間外を理由に接見を拒否されることは通常はない。

原告は、兵庫県警察本部が定めた執務終了時刻の午後五時一五分までに、しかも、あらかじめ電話連絡の上接見に赴いたのであるから、時間外を理由とする接見拒否は違法である。

(二) 被告らは、当時本件被疑者を取調中であつたと主張する(後記二3参照)が、それならば、具体的指定をすべきであつて、これがない以上弁護人の接見交通権を侵害することができないのは先に述べたとおりである。

のみならず、接見拒否の理由が執務時間外にあるときは少なくとも翌日までは接見の機会が与えられないことも意味するが、具体的指定の根拠となる捜査の必要があるときは取調その他の終了を待てば接見の機会が与えられるべきもである。接見拒否の理由が右のいずれにあるかは弁護権行使の上で重大な差異があるから、後日における接見拒否の適法要件の判断は、告知された理由の範囲に限定されなければならず、右の範囲で適法要件を欠くときは、例え他の理由があつたとしても違法と言わなければならないのである。

(三) 被告らは、監獄法五〇条、同法施行規則(以下施行規則という。)一二二条を根拠として、執務時間外は当然接見拒否ができ、右時間外の接見は例外的便宜供与であるかのように主張する(二5(一)(2)参照)。

しかし、右監獄法及び施行規則は、大日本帝国憲法(以下旧憲法という。)下において、しかも主として受刑者を対象に、被拘禁者の人権よりも監獄の便宜と規律に重点を置いて立法されたものであるから、旧憲法の適用を見ない現在、受刑者と異なる被疑者の拘禁については基本的人権を尊重し、弁護人の接見交通権を保障する憲法及び刑訴法に矛盾する範囲では効力を失つたものと言うべきである。したがつて、監獄法五〇条、施行規則一二二条の規定も、弁護人と被疑者との間の接見については適用がなく、また、仮に適用があるとしても、刑訴法三九条二項が許容する範囲、即ち、「被疑者の逃亡」、「罪証の隠滅」、「監護に支障ある物の授受」を防止するために必要な最少限度内で命令により制限することが許されるに過ぎない。警察の執務時間の定めは、専ら警察内部の規律ないし便宜のめに定められた内部規定にすぎないから、これをもつて警察の対外的義務を免れる根拠にはならない。まして、憲法で保障されている弁護人の接見交通権の即時性(例えば、憲法三四条が「速かに」ではなくて「直ちに」と規定しており、刑訴法が身柄の拘束について時間単位の規定を置いていることは、その表われである。)を考えるならば、この重大な権利が、単なる警察の内部規定によつて時間的制限を受けることは許されない。現に、警察は、執務時間外でも被疑者を逮捕し、取調をするが、これとの均衡から言つても、右時間外を理由に接見を拒み得ると解するのは不当である。また、右施行規則の規定を被疑者と弁護人の接見交通権について適用することは、刑訴法八〇条が弁護人等以外の者が行う接見について「法令の範囲内で」との制限を付しているのに同法三九条一項は弁護人等の接見について右の制限を付していないとの差を故意に無視することになり、同条二項の文意にも反することになる。

更に、接見指定方法の違法を指摘した幾多の裁判例でも執務時間外に接見時刻を指定しており、通常執務時間外でも接見でき、現に兵庫県警察本部は執務時間外の接見を認める原則を明らかにしており、ただ、警察の都合上支障がないようにするため、時間外に接見しようとするときはあらかじめ時間内にその旨を申し出て欲しい旨希望しているにすぎないなど、実務の慣行にも反することも、また、前述のとおりの弁護人と被疑者との接見交通には監獄法及び施行規則の適用はないとの解釈が、正当性を有することの論拠となる。

仮に時間外の接見は戒護に支障があるとしても、例えば時間外の逮捕の場合即刻接見できることは憲法上の権利であり、これを制限する合理的根拠はないから、時間外の接見により生じることあるべき戒護の支障もまた時間外の接見を制限する合理的根拠とはならない。以上要するに、警察内部の執務時間の定めは一般的に執務時間外の接見を制限する根拠とはならないと言わなければならない。

そして、万一前述の解釈を採り得ないとすれば、右施行規則の規定自体違憲違法であつて無効と言わなければならないのである。

6  被告らの責任原因

検事及び課長は、それぞれ被告らの公権力の行使に当る公務員であつて故意に前記2と3の違法行為をしたのであるから、被告らは国家賠償法一条一項に基づき右違法行為による損害を賠償すべき義務がある。

検事は、事件担当の警察官と検察官との内部関係の現状では拘束中の被疑者との接見は拘束者、捜査機関が必要な協力措置をとることなしには実現しないことを十分知つており、それゆえ接見について権限のある同検事には右協力措置をとるべき義務が課せられていると言うべきである。次に、課長は、国家刑罰権のような強権の行使に当る捜査官として、刑事訴訟法はもとより広く刑事手続に関する法令には十分な理解をもち、いやしくも弁護人その他事件関係者の人権を侵害することのないよう万全の注意をすべき職務上の義務がある(検察官から事実上の影響力を受けるとしても、右義務を免責させるものではない。)のにもかかわらず、自ら又は部下をして接見に必要な措置をとらず又とらせなかつたのであるから、同様に接見妨害に原因を与えた。

以上のとおりであるから、右両者は前記2の接見妨害について共同不法行為を行つたものである。

次に、前記3の接見妨害については、検事は接見に関して権限を有することの取扱を受けている捜査関係者であるから、接見の実現に協力し必要な措置をとるべき義務があるのに、自ら原告の接見要求を拒否したばかりでなく、課長の照会、求指示に対して同人に同調し、同人の拒否を教唆ないし幣助しているから、やはり右両者は前記3の接見妨害について共同不法行為を行つたものである。

7  原告の慰藉料請求権

原告は、前記違法行為によつて不必要の手間、時間を要したが、その結果受けた精神的損害の慰藉料は、前記2と3の各行為のそれぞれにつき金一五万円が相当である。よつて、原告は被告らに対し、連帯して金三〇万円の支払を求める。

二、請求原因に対する認否及び主張

1  請求原因1は認める。ただし、本件被疑者は、被疑事実と罪名を詐欺及び暴行とする逮捕状により逮捕され、詐欺、暴行及び恐喝の被疑事実及び罪名で勾留され、接見禁止をされた。なお、右逮捕の当日及び翌日に、本件被疑者と弁護人前田修弁護士が接見している。

2  同2の事実中、検事が原告主張のとおり本件指定書を発したこと、原告がその主張の日時の頃本件警察署で課長に対し本件被疑者との接見を申入れたことは認めるが、その余は否認する。

検事は、本件被疑者が勾留された日に、勾留場所の本件警察署附属代用監獄の長である同署の署長及び本件被疑者に対し、本件指定書を交付し、いわゆる一般的指定をした。

同日午後五時一五分頃、原告は、本件警察署で課長に本件被疑者との接見を申入れたので、同課長は、本件被疑者については接見禁止及び一般的指定があるため担当検事の発した接見の日時場所等を指定した具体的指定書を持参すれば接見させる旨告げる一方、検事に電話連絡したところ、緊急の要件がなければ具体的指定書を受領してからにするよう勧告して貰いたいとの回答を受けた。そこで、同課長は原告にその旨を伝えると共に同検事に直接連絡をとることを勧めたが、原告は、「一般的指定は法律に根拠がなく単に検察内部の規定に基づくに過ぎず、本質的に違法と考える。自分達はこれに関する資料を集め、将来争うつもりである。」等の意見を述べ、同検事と連絡をとらないまま退出した。

検事は、前記の勾留がされた日の翌日である昭和四六年七月二二日昼頃、その請求に応じ原告に具体的指定書を交付した。その際、原告に対し同事検が一般的指定を取消す意思はない旨述べたところ、原告は同日神戸地方裁判所に対し右一般的指定の取消を求める準抗告を申立てる一方、前記具体的指定書により本件被疑者と接見した。

3  請求原因3のうち、本件指定書による一般的指定が取消されたこと、原告がその主張の日に課長に本件被疑者との接見を申入れたところ、同課長及び検事がこれを拒否したことは認めるが、その余は否認する。

神戸地方裁判所は、昭和四六年七月二三日、原告の準抗告を認容し本件指定書による一般的指定を取消す旨の決定をした。

原告は、同月二六日午後五時前頃、本件警察署に電話して今から行くと告げ、応対に出た同署の亀崎巡査が課長係長共不在のため帰署あり次第伝える旨回答すると電話を切つた。そして、帰署した課長に対し、本件警察署で本件被疑者との接見を申入れたが、既に兵庫県警察職員勤務規程二九条一項に定める警察の執務終了時刻である午後五時一五分を経過し、勤務交代の時間帯で管理体制上も支障があつたばかりでなく、また、本件被疑者は同署刑事取調室で同署員により取調中でもあつた。しかし、課長は、直ちに右申入れの事実を同検事に電話連絡してその指示を求め、同検事から「時間外であるので、明日早朝にして貰つてください。」との指示を受け、その旨原告に伝えた。原告は電話で直接同検事に接見の申入れをしたが、右と同一の理由で同日の接見を拒否された。

原告は、同課長に対し一般的指定及び時間外接見禁止は憲法に違反する旨述べて退出し、同日神戸地方裁判所に検事及び課長の右接見拒否処分の取消を求めて準抗告を申立てたが、同月二八日右準抗告は棄却され、この決定に対する原告の特別抗告も棄却された。原告は、同月二八日、本件被疑者と接見した。

4  一般的指定の適法性

いわゆる一般的指定(書)は、刑訴法三九条三項に規定する検察官のいわゆる接見指定権を実務上円滑かつ確実に運用する目的で、あらかじめ、被疑者の在監する監獄又は代用監獄の長(その補助職員を含む。以下同じ。)に対してこれらの者が弁護人又は弁護人となろうとする者(以下弁護人と総称する)から接見の申出を受けた場合に備え、当該被疑事件が刑訴法三九条三項により検察官が接見指定を行う事件である旨を明らかにした通知(文書)に過ぎないものであつて、法律上弁護人の接見交通権を禁止し、あるいは制限する拘束力を有するものではなく、事実上もかかる機能をはたすものではない。

(一) 一般的指定の必要性及び合理性

(1) 刑訴法三九条は、被疑者の身体の拘束について法律上きわめて短い時間的制約があるため、拘束時間内における捜査の必要性と弁護人の接見交通権との間の調節を図つたものと解すべきである。

(2) ところで、捜査官が同条に定める具体的指定権を行使する時期、方法については、法律上特段の定めはないから、捜査官が捜査の必要性と接見交通権との調整を考慮した上で適宜の方法によれば足りると考えられる。

しかしながら、現実の問題として、捜査官が弁護人の都合を事前に知ることなしに一方的に接見の日時等を指定するならば、弁護人は事実上接見の機会を与えられないのと等しい結果となりやすい。又、捜査は時間的経過とともに進展変化するから、捜査官があらかじめ起訴前の全勾留期間にわたる捜査の予定をたてて接見の日時等を指定することは困難であり、ことに捜査の初期においては不可能に近い。

このような現実に当面する諸制約を考慮するならば、捜査官が一方的に指定するよりも、むしろ弁護人からの接見の申出があつた時点でその希望や意見を聞き、他方捜査の予定や必要性を勘案し、その間の調整を図つて具体的指定を行うのが最も現実的かつ合理的な指定権の行使方法であり、実務の運用上もそのような取扱によらざるを得ない。

(3) 被疑者が勾留されている期間中の接見指定に関する権限は、検察官の専権に属するから、弁護人の具体的指定についての折衡は当該検察官との間で行われなければならない。

ところが、実際には弁護人は必ずしも常にまず直接検察官のもとに出向いて接見の申出をするとは限らず、直接被疑者の勾留場所である監獄等に赴いて接見を求めることがある。このような場合、監獄の長等は、検察官が具体的指定をするかどうかをあらかじめ知らされていないと、弁護人が接見を求めてきた都度、検察官に対し、いちいち当該事件について具体的指定の予定があるか、右指定が現実になされているか否かを問合わさざるを得ず、そのために要する無用の手数、弁護人を待たせる時間の空費、更には連絡の手違いによる摩擦、混乱のおそれを避けることができない。

そこで、検察官としては、このような不都合を避け、接見指定を迅速かつ円滑に行うためにも、刑訴法三九条三項により具体的指定権を行使すべきものと判断する場合には、あらかじめその旨を被疑者勾留中の監獄の長等に通知し、これらのものを通じて直接監獄等を訪れた弁護人に対し当該事件につき具体的指定が行われることを知らせたうえ、検察官と具体的な接見指定につき折衝するよう申し向けさせるとか、或いは監獄の長等をして弁護人からの接見申出の事実を検察官に連絡させるなどの措置を講じておく必要がある。この実務上の必要に基づく事前措置としての通知が、いわゆる一般的指定である。そして、この通知は、事柄の性質上、手続の明確を期するためには口頭よりかは書面によるにしくはない。

(二) 弁護人の接見交通権に及ぼす一般的指定の法律的効果ないし事実的機能

(1) 一般的指定の法的拘束力

具体的接見指定の制度においては、検察官の接見指定の反射的な法的効果として、弁護人は指定された日時等以外には接見が禁止されるのに反し、一般的指定は前記の趣旨での単なる通知に過ぎず、それ自体は何らの法的拘束力を有するものではなく、なおさらのこと弁護人の接見交通権を制約する効力はない。

(2) 一般的指定の事実的機能

ア 本件の場合を含めて、一般的指定は、事実上も弁護人の接見交通権を禁止ないし制限する機能を有するものではない。

イ この点に関し原告は、あたかも検事が発した本件指定書を楯に課長が原告の接見申出を拒否したかのように主張し、一般的指定が前述のような機能を有するかのように主張する。しかし、右前段の主張は事実に反するか、又は事実評価を誤つたものである。

当日の原告と課長との対話の内容は、先に2で述べたとおりであるが、課長は、検察庁に送致後である本件被疑事件については、具体的指定権を行使できず、弁護人から接見の申入れを受けてこれを検事に取次ぎ、或いは原告に対し同検事と折衝して具体的指定を受けることを勧告できるに過ぎない。課長の当日の言動はまさにこのような立場からのものであつて、これをもつて接見の拒否と解するのは正当でない。

ウ そして、課長がした担当検事の発した具体的指定書を持参するようにとの発言は、従来弁護人は検察官から具体的指定書の交付を受け、これに従つて接見が行われてきた実務上の慣行に基づくものである。具体的指定書の交付と言う方式をとる理由は、検察官が指定書に基づき接見日時等を指定したことを明確にし、監獄の長等に対して接見者を特定し、接見の時間的限界を明示してその職務の執行を適正ならしめるとともに、弁護人の接見を円滑に行わしめることにあり、これを書面によらずに伝達するときにはその内容を誤るなど無用の紛争を生じるおそれがあるから、前記の方式をとる慣行には合理性がある。

エ なるほど、検察庁に出向いてその交付を受けることは弁護人にとり多少の手数を要することになるだろうが、都合によつては事務員等の使者を通じて交付を受けるという便法も行われているのである。この程度の手数は、弁護活動に伴う通常の負担というべきであり、後述する具体的指定に関する弁護人の協力義務から言つても受忍すべきものである。したがつて、前述の課長の具体的指定書を持参するようにとの発言をもつて接見拒否と目するのは正当でない。

オ また、検事にしても、あくまでも原告が具体的指定書を受領してからでないと接見させないなどと頑強な態度をとつていたのではなく、具体的指定書の交付を受ける余裕がない程緊急の用件があれば格別、そうでなければできるだけ具体的指定書の交付を受けてから接見して貰いたいとの柔軟な態度を電話で表明し、この意向は課長から原告に十分伝達され、更に同課長は原告に電話で直接同検事と連絡をとつて、具体的に折衝するよう勧告した。それにも拘らず原告は、一般的指定は違法であるとの抽象的見解を述べるのに終始し、右勧告を拒否して同検事との電話連絡すらとらず、翌日再度来訪する旨言い残して退去したため、当日同検事が原告の事情を聞いたうえ妥当な具体的指定をすることは事実上不可能となつたのである。

カ もともと検察官がいかにすみやかに具体的指定をしようとしても、当の弁護人が検察官と連絡折衝して具体的指定の実現に協力しない限り、実際上検察官としては指定はできない。このような協力は、少なくとも接見しようとする弁護人の当然の職責であり、これを尽さなかつたため結果的に指定が行われず接見できなかつたとしても、それは捜査官や取次に当つた警察官の責任ではないから、これらの者が接見を拒否し妨害したと言うことはできない。

(3) 以上の点について、原告は、弁護人が被疑者の勾留場所で接見を申入れたときは具体的指定がない限り無条件でその接見を許さなければならない旨主張している(一4(二)(1)(2))。

しかしながら、このような解釈論は刑訴法三九条三項の存在意識を無にするものであつてとうてい採り得ないところである。検察官に直接連絡をとらないで何ら接見拒否の判断権をもたない留置場の係官に対し一方的に接見を要求し、原告からの連絡を待つて退庁時間後も待機していた検察官に何らの連絡もしなかつた原告の行為は、適法な接見申入れとは認め難い。

5  執務時間外の接見拒否の正当性

(一) 刑訴法三九条三項の接見指定をすべき事件であると否とを問わず、一般に勾留中の被疑者と弁護人との接見の時間を執務時間内に限ることは違法ではない。

(1) 監獄法五〇条及び施行規則一二二条の規定は、同法一条一項四号、三項により、本件被疑者との接見についても適用されるところ、刑訴法三九条二項によれば、同条一項に定める被疑者に対する接見について法令でその逃亡、罪証の隠滅又は戒護に支障のある物の授受を防ぐため必要な措置を規定することができ、そして弁護人であつても右法令による制限を受けるべきものである。右監獄法五〇条、施行規則一二二条の規定は、戒護者が少数となる執務時間外の接見は、一般的には、監獄(代用監獄を含む。以下同じ。)における戒護体制に無理を生ぜしめ、被疑者の逃亡、罪証隠滅のおそれを大きくするところからこれを防止する目的で設けられたもので、刑訴法三九条二項にいう「法令」にあたる。したがつて、刑訴法上、弁護人の接見について執務時間による制限を加えることは適法であつて、これを否定する原告の主張は失当である。

(2) もつとも、代用監獄である警察の留置場で、執務時間外における弁護人と被疑者との接見を認める事例もなくはない。しかし、それは弁護人らの接見交通権をできる限り尊重しようとする趣旨のもとに、特に刑訴法三九条二項や施行規則一二二条の規定する被疑者らの逃亡、罪証隠滅のおそれ並びに戒護及び捜査上の支障がないと認められる場合に限つて事実上の便宜を図つているにすぎず、事実上の恩恵的便宜供与措置である以上、必要と認めるときはいつでも法律上の原則に立ちもどつて執務時間外の接見を認めないことができ、それはなんら違法ではない。

本件は、執務時間外であつて管理体制上支障があるうえ、本件被疑者を取調中でもつたので、本来の法律上の原則によつて原告の接見申出に応じなかつたものにほかならない。

(3) 更に、施行規則一二二条の法意は、接見申入れが執務時間内であることを要するのみならず接見終了時刻も右時間内でなければならないことを要請しているのである。けだし、接見時間の制限は留置場の秩序維持、被留置者の戒護の必要、職員及び被留置者の休養などの目的でもなされるのであるから、退庁時間ぎりぎりの接見申入れは執務時間超過の結果をきたし、右目的に支障を生じるのみならず、退庁直前の勤務交替のため署内は雑踏し特に戒護、管理上支障が大きいからである。

(4) 前記(1)に関し原告は監獄法五〇条、施行規則一二二条を違憲違法と主張する。なるほど弁護人の接見交通権は憲法上重要な権利ではあるが、憲法は、昼夜を分たず勾留する者側の都合を全く無視して弁護人や被疑者側の都合のみで行使しうるものとして右権利を認めているとは断定できず、その行使手続の詳細の規定はあげて法令に委ねているものである。もともと、相手方に行為を要求する場合には、特別の事情がない限り相手方が勤務態勢にある執務時間内になされるべきものであるところ、この意味からいつて前述の規定は憲法上当然予定されているところであつて憲法の趣旨を没却するものではない。このことは、憲法の定める迅速な裁判を受ける権利は裁判所の執務時間外の公判手続を保障しないのと同様である。

(二) 仮に執務時間外の接見申入れについて、前記刑訴法等の制限規定に触れるにもかかわらず、なお接見を認めなければならない場合があるとしても、それは、(1) 弁護人等の側において執務時間外に接見しなければならない特段の緊急的必要性が存し、かつ、(2) 監獄等の側にも管理体制或いは捜査上の支障が存しない場合に限ると解すべきである(東京地裁昭和四八年一二月四日決定判例時報七三四号一〇九頁以下参照)。本件においては、原告に右(1)の特段の緊急的必要性はなく、他方本件警察署には右(2)の管理上、捜査上の支障があつたのであるから、接見拒否は適法かつ正当である。

(三) 原告の、一5(二)後段の主張は、執務時間内の接見と同時間外の接見とを、また、刑訴法三九条二項と同条三項との関係を全く同一の次元で論じるものであつて正当ではない。

6  本件における接見の状況

原告は本件において接見が果たせなかつた一、二の事例をとらえて弁護人の接見交通権が不当に侵害されたと非難する。

しかし、弁護人の右権利が不当に侵害されたと評価すべきかどうかは、本件における全体的な接見の状況との関連において決すべき事柄である。本件被疑者が起訴された昭和四六年八月四日までの、勾留期間中に原告がした接見は、同年七月二二日午後五時からの二〇分間、同月二三日午後四時四〇分からの一〇分間、同月二八日午後三時一〇分からの一〇分間、同月三〇日午後四時四五分からの一五分間、同月三一日午後四時四二分からの一七分間、同年八月二日午後七時四〇分からの一五分間であるから、本件事案の内容からみても、原告は右の接見により十分弁護人としての接見交通権、防禦権を行使できたというべきである。

7  請求原因6のうち、検事と課長が被告らの公権力の行使にあたる公務員であることは認めるが、その余の点は否認する。

検事や課長の行為が違法であるとしても、当時は刑訴法三九条三項について区区の解釈が争われ確立されたものがなかつたうえに、実務は、同人らの解釈と同様に運用されており、同人らは自己の法令解釈が正しいと信じていたし、同人らの右解釈をもつて非常識とはいえないから、同人らに故意過失はない。

8  請求原因7の事実は否認する。

第三  証拠〈略〉

理由

第一当事者関係

原告が弁護士であつて、昭和四六年七月二一日、本件警察署附属留置場に在監中の本件被疑者の弁護人に選任されたことは当事者間に争いがなく、〈証拠〉によれば、本件被疑者は同月一九日詐欺、暴行被疑事件により逮捕され、同月二一日詐欺、暴行、脅迫及び恐喝被疑事件により勾留され、接見禁止処分を受け、代用監獄である前記留置場に留置されたものであることが認められる。

第二一般的指定による接見妨害について

一検事が同月二一日本件被疑者について本件指定書を発したこと、原告がその主張の日時頃本件警察署で課長に対し本件被疑者との接見を申入れた事実は当事者間に争いがない。

〈証拠〉によれば、次の事実が認められる。

検事は、前記被疑事件が否認事件であることと、本件被疑者、その従業員や家族は被害者や参考人から強く畏怖されていて、弁護人との自由な接見を通じ捜査方針等を知るとこれらの者に働きかけ罪証を隠滅しやすいと判断した。そこで、これを避けるため、勾留とともに接見禁止の決定を受け、同時に前記のとおり一般的指定をし、本件指定書を本件被疑者及び本件警察署長に交付した。

原告は、昭和四六年七月一九日旅行先で本件被疑者の逮捕を知り、同月二一日帰神後直ちに神戸地方裁判所に駈けつけ、その勾留を知ると直ぐに本件警察署にタクシーで行き午後五時過頃到着し、留置主任者である課長に面会して本件被疑者との接見を求めたところ、一般的指定があることを告げられるとともに具体的指定書の持参の有無を尋ねられた。そこで原告は、六法全書を持参させ、条文を示して一般的指定は憲法三四条、刑訴法三九条等に違反するから即時接見させるべきである旨約一時間にわたり説明した。

その間、課長は、時々席を外したが、右説明を聞いたうえ、検事と連絡をとつてその指示どおりに原告に対し、「緊急の用件がなければ具体的指定書を受けてからにされたい。又、緊急の必要があれば口頭でも許可を得てはどうか。」と勧めたが、原告がこれに応じなかつたので、「最終的には原告と見解が異なるので一般的指定がある以上具体的指定書を持参しなければ接見させられない。」旨答えた。それで原告は止むを得ず退去し、憤まんやるかたない想いで同夜一般的指定に対する準抗告申立書を作成して、翌日右裁判所に提出した。

原告が右のとおり接見を課長に申入れた時、本件被疑者の身柄を必要とする取調等は行なわれておらず、その着手の直前でもなかつた。

二刑訴法三九条一項は憲法三四条に基づき拘束中の被疑者の弁護人との自由交通権を保障しているから、その反射的効果又はこれに由来するものとして弁護人の右被疑者との自由交通は法益として保護される。そして、原告が約一時間の交渉にもかかわらず接見を実現できなかつたことは一応右の法益の侵害と言うことができ、仮に原告がその後被告ら主張のとおり本件被疑者と接見していたとしても、右判断を左右することはできない。

三そこで、課長の右接見拒否は正当な職務執行として違法性を阻却するのか、或いは、法はもともとこのような場合には原告の接見の利益を法益とはしないのか、との点について判断する。

1 刑訴法三九条三項の規定の「捜査のため必要があるとき」とは、(イ)被疑者の取調のほか、現場検証、実況見分の立会、いわゆる被害付けへの同行、取調に附随しての面通し、写真撮影、指紋採取等(以下これらの行為を取調等という。)を現に行つているとき、又は、(ロ)これらの取調等の予定をたて、準備をしてたやすく右予定を変更できない程度に至つたときを言う。右の捜査のための必要があるのに接見の申入があつたときは、捜査官は右取調等を中断したり、予定を変更したりまでして接見させる必要はなく、接見の日時、時間等を変更させる意味で指定できる。ただしこの場合であつても、同条同項但書の制限はある。

以上が右条項の直接定めている内容と解される。

2 このように接見日時等が変更される結果生じる弁護側の不利益、或いは、取調等の必要に基づく指定が右条項の但書の定める不当な制限に当るとして許されず取調等が妨害される結果生じる捜査側の不利益、すなわち捜査の必要と接見の必要とが矛盾牴触することにより双方に生じる不利益を事前に防止するため、捜査官は、取調等の必要があると判断したときは、弁護人や被疑者との間であらかじめ接見と取調等の双方の日時、時間等を調節するための協議をすることは双方にとり有利かつ合理的である。したがつて、このような目的の実現のため必要な限度において、捜査官は接見等に関する措置をすることが許され、いわゆる一般的指定もこのようなものとしてならば是認できるであろう(即ち、後述するように、当裁判所が許容する一般的指定とは、通常言われているそれとは著しく性格を異にし、捜査官の弁護人等に対する提案程度のものにすぎない。)

又、捜査官が右に述べたように弁護人らとの協議に基づき接見の日時等を指定する必要があると判断するときに、監獄の長にその旨通知するならば監獄の長から問合せる必要がなくなり便宜ではあるし、右協議の結果を具体的指定書と言う書面で表示し持参させるならば指定の内容を明確にすることができ便宜である。

3 しかし、だからと言つて被告らの「一般的指定は適法であり、原告は具体的指定を得るまでは接見できない。」旨の主張が採用できるものではない。被疑者の弁護人との接見交通権が憲法の保障する基本的人権であることは原告主張のとおりであつて国政の上で最大限の尊重を要するものであるし、前述のとおりの一般的指定を根拠づける便宜も、要は主として取調等と接見との牴触を防止する目的でする協議のためのものであるにすぎないから、右牴触が起り得ないとか、具体的指定の手続的明確性が他の方法で担保されるときは右の便宜を無視して当然である。それゆえ、弁護人が監獄に赴いて現に接見を求めているときに、取調等が行われておらず取調等の実施にも支障がないときには、あえて捜査官と協議する必要はなく、直ちに接見させればよいのであつて、一般的指定を理由に前記の協議と具体的指定を経るまで接見をさせないのは本末てん倒のそしりを免れない。

それにも拘らず検事は捜査主件官として留置主任者である課長に対し具体的指定あるまで接見を拒否するよう指示し、課長も右指示に従つたのであるから、これらの行為は正当な職務執行とは言えず、これらの行為によつて害された原告の利益は法益であると言わなければならない。

四検事と課長の帰責事由

不法行為責任(国家賠償法上のそれを含む。)の要件である故意過失の内容は、損害発生の予見又は予見すべきであるのに予見しなかつたことのほかに、少なくとも右結果の違法性を認識すべきであるのに認識しなかつたことを含むと解される。

そこで、右の違法性の認識の点について検討する。本件接見拒否の当時、刑訴法三九条三項に定める捜査の必要が取調等の必要を指し罪証隠滅の防止の必要を含まないことは既に多数の判例学説が多くの論拠を挙げて指摘するところであつたから、法律家である検察官としてはこれらの論拠に反対の、しかも一応納得できる理論を有しない限り、その違法性を認識すべきであつたものと解するほかない。ところが検事がこのような理論を有していたことを認めるに足る証拠はないから、違法性を認識すべきであつてその責任を免れることはできない。しかし、課長は、国家警察権のような強権の行使に当るものとして刑訴法はもとより広く刑事手続に関する法令について十分な理解を持ち、弁護人の権利を害することのないよう万全の注意をする職務上の義務があるとは言え、問題の解決には高度の法律知識を要するうえに捜査官の検事の見解と指揮に従つてのことであるから、違法性を認識すべきであつたとはたやすく解することができない。したがつて、課長については責任はなく、その余の点について判断するまでもなく先に一に認定した接見拒否に基づく被告兵庫県に対する請求は失当である。

五原告の精神的損害

原告が前記の接見拒否により受けた精神的苦痛は、前記認定のとおり自己の法律家としての正当な主張が容認されなかつたことによる憤まんが主な部分と解されるところ、〈証拠〉によれば、原告の準抗告に基づき本件指定書による一般的指定が取消され、原告の主張の正当性が公認された事実が認められるから、法律家の通常としてこの点の精神的苦痛は既に慰藉されたものと解される。その他原告は接見拒否の結果準抗告などの手間と時間を要することになつたことは認められるが、これ自体をみれば弁護士としての職務上特に著しい負担とは解されず、原告に対して格別の悪感情をもつて接見が拒否されたと認めるに足る証拠もないから、これをもつて賠償に値するだけの精神的損害があると解することはできない。また、被告ら主張のとおり前記の接見拒否の翌日をはじめ再三にわたり原告が本件被疑者と接見したことは、弁論の全趣旨によつても原告が明らかに争わないところであるから真実であると認められるが、そうだとすると原告が一時的に接見できなかつたことによる苦痛もそれ程大きなものではなく、賠償に値するだけの精神的損害があるとは解されない(前述のように、自由交通権は本来被疑者の防禦の利益のためにあり、弁護人の自由交通権は前者に由来するものである。)。その他、現在において原告に慰藉料請求権を認めなければならないだけの精神的損害があることを認めるに足る証拠はない。してみると、前記認定の接見拒否を原因とする原告の慰藉料請求は失当であると言わなければならない。

第三執務時間外による接見妨害について

一原告が同年同月二六日午後本件警察署に電話した後同署を訪れ、刑事第二課室で本件被疑者との接見を求めたことは当事者間に争いがない。

二〈証拠〉によれば、次の事実が認められる。

原告は、本件被疑者がその日のうちに会いたがつている旨の連絡を受けた直後の昭和四六年七月二六日午後四時過頃に電話で予告した後、午後五時五分頃本件警察署の刑事第二課室で本件被疑者との接見を申入れたが、留置主任者である課長から雑談をしかけられたのでその応待に五、六分を費つたのち、同時一〇分頃課長に接見を要求した。課長は、先ず、兵庫県警察職員勤務規程二九条一項に定める警察の執務終了時刻である午後五時一五分を経過したとの理由で接見を拒否し、原告から右時刻の経過前であることを指摘されると、今度は午後五時以降は警察官の勤務の交替時間であるとの理由で重ねて拒否した。こうして両者の間でこの間題について論じられている間に、午後五時一五分を経過して了つた。

そこで原告は、神戸弁護士会人権擁護委員会に対する兵庫県警察本部長の回答中に、弁護人の接見は平日において午後五時一五分までの警察職員の執務時間内になるべくして貰いたいが、それ以外でも捜査及び留置場の管理運営に差支えなければ接見させる、但しその場合は少なくとも執務時間内に電話等により事前連絡をして貰いたい旨の部分があり、原告はこれに従つて執務時間内に電話連絡しているし、そもそも刑訴法八〇条の規定と対比して同法三九条一項の規定には法令によつて制限しうるとの定めはないから時間外を理由に接見を拒否できないことなどを説明して重ねて接見を要求したが、課長は直ちに承服しなかつた。

それで原告と課長は、電話で検事に事情を告げ原告の前記意見を説明し見解を求めたところ、検事は、「原告とは見解の相違があり、その意見には賛成できず時間外を理由に接見を拒否してよい。したがつて明朝の執務時間内に接見されたい。」旨告げたので、原告は同時二〇分頃話合を打切り退去した。

ところでこれより先の右同日午後四時一〇分から午後五時四〇分までの間本件警察署取調室で、司法警察職員松田部長及び岸本巡査が本件被疑者を取調べた。又、本件警察署では土曜日と日曜日、祝日とを除く毎日午後五時に当直員全員が集合し当直係官の指示を受け、留置主任者から宿直責任者への各種事項の引き継ぎなど勤務の引き継ぎが行われていた。

三以上の事実関係のもとで、警察の執務時間外であるとの理由で弁護人の接見要求を拒否できるか否かについて判断する。

憲法三四条は国家が正当な理由に基づき被疑者を抑留又は拘禁することを承認したうえで接見交通権を認めているのであるから、刑訴法六〇条、二〇七条に定める勾留目的実現のために接見交通権を制約しても違憲とは言えない場合がある。この種の制約は、刑事訴訟それ自体に内在するものであり、したがつて刑事訴訟法の規定に根拠を有する。

しかしながら、勾留目的実現のため社会隔離が集団収容施設への収容を必然的に伴い、集団生活を維持するための紀律の下で被疑者自身の生命、身体、健康を保持しながらも前記勾留目的の実現を計ることも憲法上の要請と解される。したがつてこのような目的から接見交通権を制約しても違憲とは言えない場合があり、この種の制約は監獄法に根拠を有する。

このように、刑訴法と監獄法とはそれぞれに内在する憲法上の要請を異にする部分があるから、接見交通権を制約しうるのは刑訴法のみであるとか、刑訴法に反する監獄法の規定は無効であるとか、監獄法五〇条、施行規則一二二条は弁護人と被疑者との間の接見について全く適用がないとたやすく断定することはできず、要は憲法の精神を追求しその解釈に従つて決するほかはない。

一般に、被疑者の逃亡、証拠の隠滅は行われやすく、一旦行われたときは原状回復が困難であり社会秩序に対する影響は大きい。しかしながら、一方において被疑者は無罪の推定を受け防禦権、接見交通権は国家の捜査権能、勾留権能に対置されるものであることを併せ考えると、憲法が接見交通権の制限を許しているのは、逃亡、証拠隠滅の行為の発生の危険、被疑者など収容者の生命、身体、健康に対する危険が現実的かつ具体的であり、右制限の結果侵害される接見交通権が他の手段方法により補償される余地がある場合であつて、しかも右制限が前記の危険防止のため有効であるときに限られ、又、右制限の程度も最少限に止めることを要請しているものと解される。

右に述べたところを更に具体的に検討するならば、接見のために監房に戻るまでの間に生じうる逃亡、証拠隠滅、物の不正授受、不正連絡及びこれらの共謀、教唆、幇助(これらは、在監者との間でも行なわれうる。)の防止のためには慎重かつ厳重な戒護が必要であり、これがない限り逃亡、罪証隠滅の危険が具体的に予想されることは容易に推認されるのである。又、一般に、午後五時以降は、特に夜間でなければならないとか止むを得ず夜間に延長される場合を除いては社会全体の活動は停止し、弁護士の弁護活動も同様と解されるから、代用監獄においてもこれに応じて人手を要する戒護の体制を縮少し職員を労働から解放し休息させるのも止むを得ないところであり、一方、収容施設内での集団生活を維持するための紀律の下で行われる在監者の食事、入浴などに伴う戒護に入手を要する面もあるから、警察の執務時間終了後の接見は一般に先に説示したような慎重かつ厳重な戒護体制に支障を来たすおそれがあることも、又、容易に推認できるところである。

しかしながら、先に説示したとおりの接見交通権の憲法上の地位かすると、執務時間終了後の接見拒否が合憲性を有すると言うためには、右の接見が慎重かつ厳重な戒護体制に支障をきたすおそれがあると言うのみでは足らず、現実的かつ具体的な支障があることを要すると言わなければならない。

以上述べたところを要約すると、警察の執務時間外の弁護人の接見を全面的に拒否できるとの施行規則一二二条の解釈は憲法に反するものであつて採用することはできず、憲法に従つて解釈すれば、右規定は、弁護人の時間外の接見については、代用監獄内の集団生活を維持する紀律の下で被疑者の生命、身体、健康を確保しつつ、逃亡、罪証隠滅、戒護に支障ある物の授受を防止する目的でなされる慎重かつ厳重な戒護の体制に現実的かつ具体的な支障がある場合であつて、しかもなお、制限の結果侵害される接見交通権の補償の可能性があるときに、最少限の範囲でのみ制限することを認めたものと解するのを相当とする。

右判断に反する当事者双方の主張は、以上の説示に照らし、いずれも採用できない。

四右に説示したところから本件を見ると、原告の接見要求当時本件被疑者の取調が続行中であつたから、その終了時間は予想できなかつたとしても、例えば現実に右取調が終了した午後五時四〇分から一〇分ないし二〇分程度の接見は、右取調の際の戒護職員を利用することにより厳重な戒護体制に現実的かつ具体的な支障を与えることなしに実現できたことも十分推認できるところであり、被告ら主張の本件被疑者に対する毎回の接見時間からすれば右の一〇分ないし二〇分程度の接見であつても接見の利益は大きいものと判断される。

そうだとすると、原告の接見要求の事実を知らされた検事としては、当然取調の状況や戒護体制をとりうるか否かを調査して適切な接見時刻及び時間を指定すべき職務上の義務があるのにこれをしなかつた(明朝に接見して貰いたい旨の告知は、接見時刻及び時間を定めていないから、具体的指定とは解されない。)点で、その職務を行うについて違法原告に損害を加えたものと言わなければならない。

又、原告の接見要求を受けた課長としては、速かに捜査主任官に接見要求を取次ぎ、もつて具体的指定がなされるよう配慮すべき義務がある(大阪高裁昭和四九年七月二二日判決、判例時報七五七号七六頁参照)ところ、課長は前認定のとおり検事に原告の接見要求の事実を知らせ同検事の職権発動を促すに十分な措置をとつているからその時点で前記の義務を尽したものと言うべきであるが、右措置を速かにしたとは必ずしも言うことができない点で、その職務を行うについて違法に原告に損害を加えたものと言わなければならない。

五そこで、検事及び課長の責任について判断するのに、施行規則一二一条には弁護人との接見について但書が設けられているのに同規則一二二条には右接見につき例外を認めていないこと、前述のとおり警察の執務時間外の接見は一般に戒護体制に支障を来たすおそれがあること、及び本件接見拒否当時警察の執務時間外に接見日時を指定した準抗告の決定例はあるが、右時間外における弁護人の接見の可否及び根拠につき論及した判例、学説としてはむしろ消極に解されるもの(例えば鹿児島地裁昭和三八年一一月三〇日決定、下刑集五・六巻一二〇九頁、最高裁事務総局編「令状関係法規の解釈運用について」(下)八二頁以下)のほかは見るべきものはなかつたことからすると、検事及び課長において原告の本件接見要求を右執務時間外であるとの理由で拒否することの違法性を認識すべきであつたとはたやすく解することはできない。したがつて、右同人らについては故意及び過失はないから、その余の点につき判断するまでもなく原告主張の執務時間外による接見妨害に基づく請求は全て失当である。

第四結論

そうすると、原告の本件請求はいずれも棄却すべきであるから、訴訟費用の負担について民訴法八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(下郡山信夫 野田殷稔 笹村将文)

接見等に関する指定書

被疑者 乙野二郎

捜査のため必要があるので、右の者と弁護人又は弁護人を選任することができる者の依頼により弁護人となろうとする者との接見又は書類若しくは物の授受に関し、その日時、場所及び時間を別に発すべき指定書のとおり指定する。

昭和四六年七月二一日

神戸地方検察庁

検察官検事 丙野三郎

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